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歴史・伝統

南条エリア

史跡 杣山城

史跡 杣山城

鎌倉時代末期から南北朝にかけて瓜生一族の居城であったところです。標高492mの杣山は、かつては北の比叡山とも呼ばれ、山頂の二段の台地に本丸、二の丸跡、左右に下って東西の両御殿、殿池跡、犬戻駒返し台地などがあります。山全体が平城の天守閣に相当し、交通の要衝を占める地勢を利用した攻めの城で北陸における南朝の拠点となった場所です。国指定の史跡。現在はハイキングコースが整備されており、学校の遠足やファミリー向けのハイキングコースとして人気があります。

所在地:福井県南条郡南越前町阿久和
ハイキングコースガイドはこちら(720KB)

妙泰寺

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妙泰寺

永仁2年(1294年)に、日蓮の法孫・日像の開山による妙泰寺は、北陸屈指の名寺で北国身延とも称せられ、日蓮宗では越前最古の寺とされています。境内に足を踏み入れると、まず目に入るのが五重塔。そして山門、本堂、静寂の中に整然とたたずんでいる姿は感動的です。毎年9月には、200年余りも続いている伝統的な七福神祭りが行われています。

所在地:福井県南条郡南越前町西大道10-8

鵜甘神社

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鵜甘神社

山王山の西麓にあり、杣山城主の瓜生保ともゆかりも深く、延喜式神名帳にも名を残す古社で、ひっそりとしたたたずまいをみせています。社宝の「王の面」は福井県で最古の正安4年(1302年)の極めて貴重な作品です。その他、瓜生保が寄せた太刀、瓜生保が使用した日供椀、新田義貞が寄せたという太鼓樽などが残されています。

所在地:福井県南条郡南越前町堂宮14-13

憶念寺

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憶念寺

杣山城主、瓜生保の菩提寺として、円通寺という寺があり、その住職楠恵秀は、楠正成の弟の一人といわれています。その弟子秀見が開山したとされています。天保年間から昭和の初期まで三代にわたり、浄土真宗の碩学(せきがく)を出していることで、著名であり、特に三代目住職南条文雄(ぶんゆう)は、世界的な仏教学者でした。

所在地:福井県南条郡南越前町金粕11-12

今庄エリア
 

 今庄駅(今庄まちなみ情報館)

今庄の歴史を「宿場町」、「鉄道の町」、「交通の要所」の3つのゾーンに分け紹介するガイダンス施設です。
「宿場町」のゾーンでは、明治9年の地籍図を用いて幕末の今庄宿の町割りを紹介。また、人形ジオラマを使って当時のエピソードも紹介しています。
「鉄道の町」のゾーンでは、明治29年から北陸トンネルが開通する昭和37年まで、北陸最大の難所に挑む鉄道の基地として繁栄した歴史を紹介するとともに、昭和30年代の今庄駅の賑わいを45分の1の鉄道模型により復元しています。
「交通の要所」のゾーンでは、宿場町と鉄道の町で繁栄した今庄の地理的条件を大きな鳥瞰図を使って紹介しています。
まち歩きをする際に立ち寄っていただくと、今庄の歴史をより深く、分かりやすく理解することができます。

所在地:福井県南条郡南越前町今庄

北国街道

北国街道

北国街道は京の都から大津、彦根、琵琶湖を経て福井県に入り、今庄~南条~越前市(旧武生市)~鯖江市~福井市を通り、金沢、富山、新潟まで続く全長約520kmの街道です。現在、栃ノ木峠の福井県と滋賀県の境に「トチの巨木」(昭和49年福井県天然記念物)を見ることができます。北国街道は、越前を縦貫する幹線道路として往来が頻繁となり町内では脇本・鯖波・湯尾・今庄の宿駅が発展しました。脇本宿の本陣中山家は、代々福井領の大庄屋で、今も残る門構えは往時を偲ぶことができます。今庄宿は木ノ芽峠を越える北陸道(西近江路)・栃ノ木峠を越える北国街道(東近江路)のすべてがここに集まり本県では重要な宿場町として発展しました。現在もなお昔ながらの面影を残し、素朴な趣を漂わせています。

所在地:福井県南条郡南越前町板取

木ノ芽峠(北陸道)

木ノ芽峠(北陸道)

木ノ芽峠は、福井県を嶺北・嶺南に分ける地であり、平安初期の天長7年(830)木ノ芽越えの新しい道=北陸道が開削されました。峠への登坂には、今もすりへった石畳の道が残り、往時の様子が偲ばれます。峠には茅葺き屋根の茶屋前川家、道元禅師碑、周辺には言奈地蔵堂や戦国時代の城の跡がいくつも残っています。

所在地:福井県南条郡南越前町二ッ屋

山中峠(最古の北陸道)

山中峠(最古の北陸道)

奈良時代、都から越の国(北陸)に入る旅人は敦賀から山中峠(標高389m)を越えてきました。越前の国を通った最古の北陸官道です。万葉集にも歌われ「万葉の道」とも呼ばれています。

所在地:福井県南条郡南越前町山中

湯尾峠・孫嫡子神社

湯尾峠・孫嫡子神社

湯尾と今庄の間、東の三ケ所山と西の八ヶ所山の鞍部にあった標高約200mの峠。江戸期には峠の頂上に4軒の茶屋があって、にぎやかに商売を営み、また疱瘡(ほうそう)の神を祀る孫嫡子神社の御守札を配布していました。現在、家跡の石垣から当時が偲ばれます。

所在地:福井県南条郡南越前町湯尾

慈眼寺

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慈眼寺

小倉谷の東方山麓にある古刹。創建は今から約600年前の嘉慶元年(1387)で本尊として十一面観音菩薩を祀っています。「越藩古禅林」の額を揚げる苔むした山門に昔の面影を見ることができます。

所在地:福井県南条郡南越前町小倉谷7-1

伊藤氏庭園

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伊藤氏庭園

享保(1716~36)の頃、医者を開業していた伊藤氏十代目の伊藤助左衛門が作ったと伝えられています。見どころは、地割りと配石にあり、山の斜面を利用した正面の築山にはひときわ大きい本尊石、その前の平らな石を蓮華石。手前の礼拝石と三石を結ぶ直線が中心の軸となり、左右が対称であるよう調和を持たせています。国指定の名勝。

所在地:福井県南条郡南越前町瀬戸29-2

鉄道・JR北陸本線

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鉄道・JR北陸本線

JR北陸本線は、明治29年に敦賀―福井間が開通し、米原から福井までの一往復運転が開始されました。敦賀―今庄間は、山々が折り重なる難所であり、急勾配を一気に駆け上がる過酷な勾配路線でした。戦後の物流増加、輸送力の強化から敦賀―今庄間の勾配緩和、複線電化を行うため、当時日本最長となる13.87kmの北陸トンネルが完成し、現在に至っています。近年は、鉄道ブームもあり自然豊かな風景を走る列車撮影のため訪れる方が増えてきています。

河野エリア

下長谷(しもはせ)の洞窟

下長谷(しもはせ)の洞窟

甲楽城には「建武四年 後醍醐天皇の皇太子恒良をかくし奉る所、蕉木浦は此なり」と 名勝記に記されている下長谷の洞窟があります。延元二年 金ケ崎城落城の際に気比神宮の神官が、春宮恒良親王を小舟に乗せてここまで渡り、洞窟の中にかくまったと伝えられています。この洞窟は、長い年月をかけて少しずつ波が岩を削りできた海食洞で、入り口は広く奥は狭くなっています。最奥部には彫字があるといわれ、神秘的な雰囲気を醸し出しています。

所在地:福井県南条郡南越前町甲楽城

北前船主の館 右近家

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北前船主の館 右近家

江戸中期から明治30年代にかけて、大阪~北海道(蝦夷地)を結んで日本海廻りで、各港で商い(買積)をしながら不定期に往復した廻船を北前船と呼びました。右近家は北前船主として、天明・寛政(江戸時代)の頃から活躍し、全盛期には、八幡丸ほか30余隻を所有しました。以後、北前船の衰退と共に蒸気船を導入し、海運の近代化を進めると共に、海上保険事業に進出。事業の転換を計り、日本火災海上保険株式会社として現在にいたっています。現在の邸宅は、天保時代の構えを基本に明治34年に建て替えられました。上方風切妻造瓦葺二階建で、内倉・浜倉を配し、材料は北前船が産地から運んだという豪勢な構えで、その中に上方文化を取り入れた繊細な造作を見ることができます。背後の山腹は庭園となっており、西洋館と亭(ちん)といわれる展望台が建てられていて、本邸から歩道で結ばれ、すばらしい日本海を眺めることができます。

所在地:福井県南条郡南越前町河野2-15   TEL:0778-48-2196

「北前船主の館・右近家」とは

歴史文化ふれあい会館

歴史文化ふれあい会館

旧河野村の歴史、産業、文化などあらゆる分野の資料が展示・保存されています。
海と共に暮らしてきた河野の人々。数多くの展示物や文献などを通じて、今日までの村の歩みをたどることができます。
また、自然光をたっぷり取り込んだ館内は、明るく落ち着いた雰囲気。
読書や会話を楽しむスペースもあり、人々のコミュニケーションの場として利用されています。

所在地:福井県南条郡南越前町河野2-29-1

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